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実際にあった!?宝石名刺

19世紀初め、徳川幕府の右筆に屋代弘賢という人がいました。彼が集めた「名刺譜」によると、江戸時代には名前だけを手書きした和紙が使われていたようです。西洋と同じく最初の名刺は相手が不在の時に置いてくるものでした。日本に写真が伝わったころ、名刺は「名札」とか「手札」といわれ既に一般的な呼称として通っていました。名刺判の写真は手札判といわれていました。名刺の用途は広がり、食事の招待、引越、祝い事、忌み事の際にも用いられるようになりました。明治維新以降、名刺は庶民の間にもどんどん広まりました。鹿鳴館時代といわれる社交界は絢爛時代には浮世絵入り名刺なども登場しました。皇族、貴族、華族たちは名刺の柄やデザインの優劣を争いました。それが高じて挙句には宝石入りの名刺まで登場したようです。

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